【法医学の世界①】「自殺と他殺の見分け方」

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法医学のさまざまな話題を紹介する「法医学の世界」第一回では、首つりにおける自殺と他殺の見分け方について述べてみたい。首つりといえば自殺と思いがちだが、偽装された首つり自殺の可能性も考えなくてはならない。

以下の情報は犯罪に利用される可能性があるため意図的に一部の重要な部分を削除しています。ご了承ください。

首を吊るとなぜ死ぬのか

日本で起きている自殺の半分以上が首つりだと言われている。首つり自殺は非常に手軽にできるイメージだが、実際首を吊るとなぜ死ぬのだろうか。窒息?頸髄損傷?脳への血流が止まる?実は、ひとえに首つりと言っても状況によって死因はバラバラだ。いかに首つりによって引き起こされる代表的な死因を挙げる。

①気管や喉頭の直接圧迫、もしくは舌根の拳上による窒息

(伊藤隆・高野廣子,『解剖学講義』,南山堂,改訂3版)

(伊藤隆・高野廣子,『解剖学講義』,南山堂,改訂3版,p.582)

普通に考えられるのが縄によって首が閉まることで気管が閉塞し窒息することだ。頸部15Kg程度の力がかかれば気管は閉塞すると言われているので首つりによる全体重の負担は十分である。また、顎下の縄によって舌根部が拳上され、気管を閉塞することによって窒息することも考えられる。(上の画像の黒丸部分が圧迫されることで空気の通り道である赤い部分が閉塞する)

②血管の圧迫によって脳への血流の不足

頸部動脈

(伊藤隆・高野廣子,『解剖学講義』,南山堂,改訂3版,p.599)

当然ながら首には脳を栄養する数々の重要な動脈が通っている。総頸動脈はわずか3.5~5kg,頸静脈は2kg,椎骨動脈は片側15kg,両側で30kgほどの力が加われば完全に閉塞すると言われている。これらの動脈が閉塞すると脳へ血液がいかなくなり、ものの数秒、場合によってはその瞬間に失神しそのまま死に至る。実際は首つりにおける死因としては窒息よりも血流障害による死のほうが重要であると考えられている。気管切開によって窒息しえない人が首つりによって死亡したという報告もあるのだ。

③頸部神経の刺激による心停止

上喉頭神経 (坂井建雄・松村讓兒,『プロメテウス解剖学アトラス』,医学書院,2007,p.19)

上喉頭神経
(坂井建雄・松村讓兒,『プロメテウス解剖学アトラス』,医学書院,2007,p.19)

頸動脈洞 (坂井建雄・松村讓兒,『プロメテウス解剖学アトラス』,医学書院,2007,p.10)

頸動脈洞
(坂井建雄・松村讓兒,『プロメテウス解剖学アトラス』,医学書院,2007,p.10)

頸部には上喉頭神経や頸動脈洞などの重要な神経や構造が存在する。これらの組織は刺激を受けることで反射的に除脈を引き起こし心停止に至らせる。迷走神経反射などもこれらの反射の一つである。ただし、典型的な首つりにおいてこのことが直接的な死因になることはあまりない。

仕組まれた自殺を見抜く

それでは一見自殺に見える首つり遺体に隠された他殺の痕跡の一部を紹介しよう。

①溢血点の有無

結膜の溢血点

結膜の溢血点

首吊りのことを専門用語で縊死というが縊死はさらに定型縊死と非定型縊死の二つに分けられる。定型縊死というのは完全に身体が宙に浮いた状態で死亡したもので、結び目が後ろにあり、かつ縄が首の左右対称にかかっているものをいう。これら3つの条件が一つでも欠けた場合には非定型縊死となる。

定型縊死と非定型縊死の違いの一つに溢血点の有無がある。溢血点とは、窒息の三大徴候の一つであり結膜などの粘膜に起こる細かな点状出血のことである。首吊りの場合も窒息が起こるため溢血点が発生するはずであるが重要なのは定型縊死においては頸部の動脈が完全に閉塞するため首から上に溢血点がほとんど現れないということだ。そのため、完全に身体が宙に浮いている定型縊死にもかかわらず、結膜などに溢血点がみられた場合は別の場所で絞殺され、死んだ後に吊るされたなどの可能性を考える必要がある。

②索状間出血、内部索溝

索状間出血

索状間出血

法医学の世界には「生活反応」という概念がある。これは、外的刺激による生体の反応が死体に残っているものである。従って、首吊りのような外的刺激にが生きているときに加わった場合はそれに対する生体反応が遺体に残っていなければならず、もしも首吊り遺体にこれらの生体反応がみられなければすでに死んだ状態で首吊りを吊られた可能性があるのだ。

索状間出血や内部索溝は生体反応のひとつである。索状間出血とは、首に2重3重に巻きつけられた縄の間に現れる水泡や出血のことである。また内部索溝とは、通常首吊り遺体には首にはっきりと縄の痕(索溝)がみられるが、それらが皮下にも出血として現れたものである。これらの生活反応がみられなかった場合は首吊り以外の方法によって殺害されたこと可能性についても考えなければならない。

③発見時姿勢と死斑

死斑については多くの人が聞いたことがあるだろう。死斑は死因や死亡時刻の推定に重要なヒントを与えてくれる。人が死ぬと血流が止まるため赤血球の沈着が起こり、死後20分から45分くらい経つと死斑は出現し始める。死斑は重力に従って遺体の下部分に発生し、死後5時間以内に遺体の体位を変えると遺体の姿勢に合わせて完全に死斑も移動する。しかし、死後5時間以上経過すると死体の姿勢を変化させても死斑は沈着し完全には移動しなくなる。さらに、死斑は床に触れていた部分など圧力がかかっていた部分には現れない。そのため例えば仰向けに倒れていた場合、臀部や背中には現れにくい。

発見時姿勢

発見時姿勢

以下のようなケースを考えてみよう。今、以下のような状態で首吊り遺体が発見された。この場合、死斑は重力に従って遺体の臀部から足にかけて現れるはずだ。しかし、観察してみると背中まで死斑は及んでいた。しかも臀部まで一様に死斑が現れていた。

今回のケースでは以下のような死斑がみられるはずだ。

今回のケースでは以下のような死斑がみられるはずだ。

このような場合考えられるのは、この遺体がどこか別の場所で殺害されて遺体が5時間以上うつぶせに寝かされた状態で保管され、そのあと上のような姿勢で首吊り自殺を偽装されたという可能性だ。遺体が5時間以上寝かされた状態にあったため死斑は背中から足にかけて全体に沈着し、身体を動かされても背中部分の死斑が移動しなかったのだ。

④尿斑の位置

首を強く絞められて意識を失うと全身の筋肉が弛緩して外尿道括約筋が緩み失禁する。当然首吊りの場合遺体の真下に失禁した尿が溜まるはずでこれは尿斑と呼ばれる。

例えば別の場所で絞殺して首吊り自殺を偽装したような場合だと尿斑が遺体の下にみられない。そして、絞殺した場所に尿斑が観察される。たとえ犯人が殺害場所の尿斑を拭き取ったとしてもウレアーゼ・BTB法やDAC法などによって尿素が検出されることがある。ただし尿斑はかならず起きる現象というわけではないので信頼度は低い。

⑤縄の状態

縄も自殺と他殺を見分ける重要なヒントを与えてくれることがある。縄の結び目や遺体の手に縄の繊維が着いているかどうかなど様々なポイントがあるが、縄の遺体の髪や衣服を巻き込んでいないというのもヒントになる。というのも、自殺者は縄を結ぶ際に自分の髪や衣類を巻き込まないように注意することが多い。もしも巻き込まれていた場合は他殺の可能性も視野に入れるべきだ。

⑥吉川線の存在

吉川線とは、生きている人間が首を縄で絞められた際に縄を取ろうとすることで出来る頸部の引っ掻き傷のことである。通常首吊りの場合瞬間的に意識を失うので苦しみのため縄を取ろうとする余裕はない。もしも首吊りの遺体に吉川線がみられた場合、絞殺後に吊るされた可能性を考える必要がある。

わずかな痕跡で偽装自殺は見抜かれる

以上自殺と他殺を見抜くための6つのポイントを紹介したが、この他にも司法解剖の際には様々な検査が行われる。これらの詳細は犯罪に利用される懸念があるため紹介することができないが、プロの目にかかれば仕組まれた自殺はかならず暴かれることになるだろう。

(参考)
・標準法医学(医学書院)

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